春の珍事 8 2014/05/22__00:00

＊現代パラレル『春の珍事』 1　2　3　4　5　6　7　続き

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　俺の体を舐め回す様に見ていた男は、視線を俺の股間部分に固定すると、眉間に皺を寄せた。
　生ちんこを直につけるな馬鹿、とか思ってんだろうか。てめぇだってやってたろ、ちょっとかぴっとしてたぞ汚ェな洗えよ馬鹿。俺はエレクトして無いからな、先走るもんも無くってさらっとキレイなモンだぜ？と睨み返す。
　と、男は俺の手首を掴んで、玄関の中に引っ張り込んだ。
　ヤバい。
　思ったけれど遅かった。
　バタンとドアが閉まった後、薄暗い玄関で、男は俺の股間を鷲掴み、言った。
「てめぇ、なんで勃起してねェんだ」

　は？

「勃起…？なんで？」
　気にすべきところはそこなのか？
「そんな変態的な姿晒して、なんで興奮しないでいられるんだ」

　は？

「しかも朝だぞ？こんなに明るくて、人が通る確率だって高い！なのに、なんで！」

　…流石変態、興奮どころがひと味違う。

　変なところに感心していると、男が俺の左肩に手をかけた。腹巻をずらそうとしている。マズい。
「てめぇ俺全裸にしてどうする気だ！」
「腹巻返せ！」
「腹巻取ったら局部丸見えだろ！」
「だから何だってんだ！」
　揉み合いになり、腹巻が外れそうになる。それはヤダ。慌ててコートの前を掻き合わせると、男はあからさまに不満気な顔をした。
「これから出勤だろ？」
　男は下唇を突き出したまま首肯く。
「俺も服着たら出勤だ。腹巻は夜、返してやるから」
　男は俺のコートの襟元を掴む手を下ろした。
「いつもの時間、ここで、待ってろ。部屋ん中だぞ、間違っても外で待つなよ、全裸も駄目だ。ちゃんと服を着たまま、待ってろ」
「…必ず来いよ」
「オーケー、約束する」
　俺はドアを開け、男にも出る様促した。振り返り振り返り俺を気にする男に手を振り出勤するのを見送る。アパートの敷地を出たのを確認してから、階段を駆け上った。
　万一誰かに見られたら。新しい部屋を探さなきゃならない。興奮？なんでするんだ？困るだけだろ。下手すりゃ留置場行きだぜ？

　そんな危険を冒した自分を省みる事はしなかった。
　露出狂の変態男にあんな顔をさせるのは、なかなかに壮快だったので。


　　—— 第八夜 ——


　角を曲がっても、街灯の下に男の姿は無い。一階の五号室からは灯りが漏れている。よしよし、ちゃんと言い付けを守って部屋の中で待ってるな。
　俺は五号室の前で一つ大きく息を吐いてから、ドアを叩いた。

　ドアは直ぐに開けられた。
　ダサいジャージの上下に銀縁眼鏡。よしよし、ちゃんと言い付けを守って服を着てるな。
　男が、ずいと手を出した。
「まあまあ、そう急かすなよ」
　俺はドアの隙間から体を滑り込ませた。
「お茶ぐらい出してくれても良いだろ？」
　返事を聞く前に部屋に上がり込む。
　俺の部屋と全く同じ造りだが、殺風景だ。板間四畳半の台所は使われている形跡が無くピカピカ。奥の六畳間には布団が敷いてあるっきりでテレビも何も無い。

「茶なんて無ェからビールで我慢しろ」
　男は小さい冷蔵庫から缶ビールを二本出して、一本を放って寄越した。
「投げんなよ」
　受け取って手前の畳に腰を下ろす。男はプルタブを開けてビールを呷りながら、布団の上に座った。
「座布団無ェの？」
「無い」
　尻が痛ェな。もぞもぞと身動ぎすると、男は丸まっていた掛け布団を放って寄越した。
「これでも敷いてろ」
「じゃあ、ありがたく」
　なかなか気が利く。掛け布団の上に座り直し、プルタブを開けてビールを呷る。喉を落ちる炭酸が美味い。そんなつもりはなかったけど、緊張してたみたいだ。
　静かな室内に、ビールが喉に落ちる音だけが響く。
　半分程を飲み、喉の渇きが癒えたところで、俺は切り出した。

「俺は一週間、露出狂の変質者に遭遇して、眠れない夜を過ごした訳だが」
　さっさと一缶空けた男は、缶をベコリと握り潰した。
「お巡りさんに通報する事も可能だし、大家に一階の五号室の男は変質者ですよと密告する事も出来る」
　男は下唇を突き出して俺を睨んでいる。
「だが俺はそれをしなかった。——さてそれは何故でしょう」
　

→ 9　

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