春の珍事 2 2014/04/30__00:00

＊現代パラレル　4月22日付『春の珍事 1』続き

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　眠れなくとも朝は来る。そして一日は始まり、俺は労働に勤しむ。
　朝日の中で存在感を消している街灯を恨みがましく見遣り、俺は出勤した。


　　—— 第二夜 ——


　本日の帰宅も終電だ。今日の雑多に紛れて、昨晩の厭な残像は朧になっていた。俺のは切り替えの早い大変優秀な脳みそだ、口さがない同僚などは容量が少ないのだと言うけれど。馬鹿言え、今日を生きるには大切な能力だ。いつまでも引き摺ってちゃやってらんねェ。
　いつもの様に煙草を燻らせ角までもう一歩の頃には、すっかり昨日の衝撃は頭から消え去っていた。いつもの様にのんびり角を曲がると、今日も街灯は明滅しており、それが記憶を呼び覚まし、まさか、と思いつつも前方を見ると、…居た。
　昨日と全く同じ服装の男が、昨日と全く同じ姿勢で、まるで俺を待ち構える様に。
　ここで怯む訳にはいかない、隙を見せる訳にもいかない。男を睨みつけながら、ゆっくりと歩く。男も俺を睨みつけて、体の前面に置いた腕を強張らせ、いつ前を開くか窺っている様だ。
　昨日と全く同じタイミングで、男のコートが開かれた。やはりスローモーションの様に見える、徐々に増えていく肌色、と、…と？

　男の裸体の中央、バキバキに割れている筈の腹筋が、何かに覆われて、見えない。
　明滅を繰り返す街灯の下、はっきりとはしないけれど、どうやらそれは暖かそうな素材の様で、俺の知る限りそこに着用するそんな素材の物は腹巻でしかない。毛糸で編まれた分厚い腹巻など、テレビの中ならいざ知らず、実際に着用している人など見た事も無いが。
　腹筋は、その腹巻の様な物で覆われているが、その中央にそびえるのは、昨日と同じく十二分にエレクトした男のソレ、で、遠目には腹巻にスリットが入っている様に見えるのではないだろうか。つまり天を向き過ぎだ。裸を見せつけるだけ、否、今日は腹巻着用分謎の変態性を増しているが、それで何故そこ迄興奮出来る？全く理解出来ねェ。

　それはさておき、俺は男の腹筋を覆っている物が何かを見極めようと目を凝らした結果、男のソレをも十二分に観察してしまった。
　なんか先端が濡れてる様なんですけど。
　街灯の明滅に合わせててらてらと光る先端が、極めて変態的な風体を弥増している。更には俺の視線を受けてか、浮き出た血管が脈打っている様だ。なんと凶悪な。
　厭な物を見た。一体この男はどんな顔でこんなものを晒しているのだろうか。

　げんなりとした気分で、しかし好奇心には逆らえず、視線を男の顔に向ける途中で、男の左肩から右腰に掛けて、まっすぐに走る傷跡が目に入った。なんか凄ェ傷だな、刀でばっさり袈裟懸けに斬られたみたいな。どう生きて来たらこんな傷がつくんだろう、露出狂の変質者故？うっかり日本刀持った奴の前に裸体晒してうっかり斬られちまった、とか？…な訳ねェな、日本刀持った奴が往来に居てたまるもんか。露出狂の変質者だって往来に居られたらたまらねェが。
　傷跡を辿る様に視線を走らせてから男の顔に到達すると、俺を睨みつけていた筈の男は、どうだ、と言わんばかりのどや顔で俺の表情を窺っていた。
　どうもこうも。何に対する自信だそれは。
　俺が眉間に皺を寄せると、男はまた俺を睨みつける表情になった。しかし凄ェ傷だ。視線が引き摺られる。少々失礼かと思わないではないが、そもそも裸体を他人に往来で晒す失礼に比べたらどうって事は無いだろう。しげしげと眺める。更に眉間に皺が寄ったのを自覚して、そういやこいつは微動だにしないが、まだどや顔で俺の反応を待ってるんだろうかと視線を男の顔に戻す。

　男は、自分の傷を眺める俺を、見ていた。なんだか心許無い顔をして。

　俺の視線が返った事で瞠目した男は、昨日と全く同じ様に、曲がれ右をして走った。但し今日は左に曲がった。昨日と同じ方向に曲がって根城を突き止められるのはマズイとの判断だろうか。変態のくせに小賢しい。

　俺も全く昨日と同じ様に、家に戻った。
　しかし凄ェ傷だった。
　あの男はあの傷を見せつけるのも目的だったんだろうか、それにしちゃ、傷を眺めた俺へのあの視線は。

　ちょっと今日の残像は強烈過ぎて、いかに俺の脳みその容量が少なくとも、容易には去ってくれそうも無い。
　

→ 3　

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＊裸腹巻はミッションの内、です。