春の珍事 9 2014/05/23__00:00

＊現代パラレル『春の珍事』 1　2　3　4　5　6　7　8　続き

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　男の顔は、困惑を表していた。
　まあな。俺だって、実は理由なんて分かってない。強いて言うなら、——知りたかった？
「てめぇなんであんな事してたの」
　男は答えない。
「たとえば、一目惚れした俺と何か話すきっかけが欲しくて、とか？」
　男は然も心外だという顔で頭を勢いよく横に振った。それって割と失礼じゃね？
「俺が連日終電で帰宅するから、変質者が出ますから早くお帰りなさい、って警告、とか？」
　男の“心外だ顔”は更に深くなった。
「裸見せつけんのが、快感なの？」
　男の頬が、ほんの少し弛んで、ほんの少し上気した。はにかむ様に瞼が伏せられる。
　うわー。可愛くも何とも無ェ！
「そうかてめぇはほんまもんの変態なんだな」
　男の頬が更に染まる。うわぁ…変態って言われて喜んでるよ…本物の、ほんまもんだ…。
「よく、やってんのか」
「いや…」
「俺が最初の被害者？」
「…ああ」
「一週間俺を待ち伏せする程、楽しかった？」
「まあ…」
　男が貧乏揺すりを始めた。
「もう良いだろ、返せよ」
　うん、まぁ俺も生ちんこ擦り付けた腹巻、いつまでも持ってたくねェし。
　ポケットに無理矢理押し込んでた腹巻を、投げてやる。
　男は大事そうにそれをキャッチして、愛おしげに抱き締めた。そんなに大事なの？

「なぁ、なんで腹巻してたの？」
　確か最初は、全裸だった。
「最初の日、腹の具合が悪くなった」
「冷えたんだ？」
　男は首肯く。
「全裸で外に出るからそんな事になるんだ」
「だから、腹巻…」
「服を着なさい」
「でも、そしたら裸が…」
「見せなくて良いんだよ！」
　男は大層不満気だ。
　残りのビールを一気に呷る。腹巻を返してビールも飲み干して、する事が無くなってしまった。実りある会談になったとは言えないがしょうがない、お暇するか。

　立ち上がって玄関に向かうと、男が言った。
「なんで、一週間も、どこにも通報しないでくれたんだよ」
「ん？」
「さっきの、答え」
　なんでだろ。
「通報したら、捕まって、お前は二度と俺の前に現れなくて…」
　おいおいそれじゃ、また会いたかったから、みたいじゃねェか！
　男もそう捉えたのか、変な顔をしている。
「違う、そうじゃなくて、あー、えーと、めんどくさい！そう、面倒だから！」
　男は更に変な顔になった。

　靴を履き、背中越しに言った。
「もう、やるなよ」
　答えない男を不審に思って振り返ると、不満気な顔をしている。
「なに、そんなに人様に裸見せつけてェの」
「見せつけてェって訳じゃ…」
「それって、往来でなきゃ駄目なの？スリル？」
「まぁ、スリルは、欲しい、けど…」
「スリルのある状態で俺に裸を見せつける程度で、我慢できるか？」
　男は、何を言ってるか分からない、という顔をした。俺だって分からない。俺は一体何を言い出すつもりだ。
「万一、俺じゃない人が通り掛かって通報されたりしたら、お巡りさんに捕まっちゃうだろ？困るだろ？」
「困る」
「時々俺が…そうだな、鍵開けたまんまお前の裸見てやるからさ、それで我慢しろよ」
　男は瞠目してから、頬を嬉しそうに上気させた。
　すっげーアホな事言ってるなァ、って自覚も吹っ飛ぶくらいそれは、幸せそうな顔だった。良い提案をした、と自画自賛しちまうくれェの、悦びを俺に与える。


　　—— その後 ——


　こうして路上の変質者は、俺の前から消えた。

　後に残ったのは、下階に住む、友人。…友人？　部屋で酒を飲んだりする。
　時には裸体を見てやったりして、——いかに効果的にコートの前を開けるか、とか、コートの裾のはためかせ方の研究、とか、裸体を格好良く見せる小道具の模索、とか、まぁ、楽しくやっている。
　恐ろしい事に、そうした流れで俺も脱ぐ機会があったりして、“見られる快感”が分かるようになってきたりして、二人して立派にエレクトした裸体を晒し合ったりして、その姿はすっげーマヌケで適度に酒の入った頭にはこれが大層面白く感じたりなんかして、これは本当に恐ろしい事なんだけれども、まぁ、擦り合って吐き出したりし合う様になったりしたりなんかして…。
　まぁ、楽しくやっている。

　春だから。珍しい事が起こっても、何の不思議も無い。
　そして俺達の、その、飲み会、も、珍しい事でもなくなって、もうすぐ、夏になる。
　

（完）　

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20140521,0522

＊土下座（スライディングで）
＊文中、露出狂の名前が出てきませんが、ゾロです（言わずもがな）。でも「ゾロが変質者だなんて許せない！」といった向きのお嬢さんは別の人と思っても良いよ。（そんな人はここまで読まない）
＊お付き合いいただきありがとうございました。素晴らしきミッションを与えてくださったみーさんとkomaさんに拍手を！