さみしいなにかをかく #21 2020/09/11__00:00

お題お借りしました。海賊じゃないゾロサン『はっさく』

---

　ボディケア用品の店先で、甘い香りに鼻をすんすんと鳴らしたらそれより甘い容姿をした販売員のお姉様に勧められるまま、バスボムの詰め合わせを購入することになった。中には綿菓子の香りなんてのもあって、さすがに俺向けじゃねえだろう、チョッパーにでもやるかなどと思っていたのだったが、会う機会もなく、しかしいつまでも狭い戸棚の中を甘ったるい香りで充満させておくのも嫌で、今夜のバスタイムのお供にしてしまうことにした。
　使い忘れないように、湯を張り始めた段階で包装を解いて湯船に転がす。湯がかかってしゅわしゅわと溶け出した途端に、甘い香りが強い主張を始めた。甘ったるさを中和したくて、すっきりとした味のものを食べたくなった。丁度食べ頃のはっさくがある。
　ナイフで尻に切れ目を入れ、そこに指を入れる。皮にかかった圧力で、細かなしぶきが飛ぶ。鼻に抜ける清涼な香りは唾液を誘う。淡い黄色から覗く白いワタはまさしく綿のような触感だ。ふかふかと分厚く、だいぶ立派だ。これはマーマレードにでもするべきか。
　いやいやまずは一房、と取り出した房の中心側にナイフを入れて、薄皮を剥ぐ。綺麗に、それはもう見事に身包み剥がれたつやつやとした果肉はふるふると震えて俺の口に入るのを待っている。ぱくり、と一口に放り込めば、想像以上の甘酸っぱさだ。これは上物。
　ぬるいまま食べ尽くしてしまうのも勿体無い、きんきんに冷やして風呂上がりにいただくことにしよう、と残り全ての皮を剥く。これがまた全て美しい剥かれようだ。冷蔵庫でお休みいただいたところで、玄関のベルが鳴った。こんな時間に、なんだ。
　誰だ、と思わないあたり、毒されている。
　ゆっくりと玄関に向かい、ドアスコープから覗く。案の定、緑色の髪が目に入った。俺はこれから風呂に入って、はっさく食って寝るんだけど。居留守、と頭に浮かんだ瞬間、扉を挟んで目があった。魚眼レンズの向こうから、俺をまっすぐに見る、目。呻くのをこらえて、鍵を開けた。
「よお」
「何か用かよ」
「別に？」
　何かなくっちゃ、来ちゃダメか？　と言外に言いながら、ゾロは玄関をくぐった。自然と距離が近くなる。
「入っちゃダメなのか」
　至近距離で問われ、分からないと答えるわけにもいかず「別に」とだけ言って体を離した。
　ゾロは後ろ手に扉を閉めると鍵を掛けた。淀みない動作だ。同じくらい淀みなく、俺の腰に手を添えて引き寄せた。少し酒の匂いが強い。
「飲んで来たのか」
「毎晩飲んでる」
「うちには酒なんかねえぞ」
「お前が居る」
　もう一方の手が背中に添えられ、更に体が近くなった。酒の奥で燻る体臭に、どうしようもない熱を感じる。
「やらねえぞ」
「構わねえ」
　やらないことに同意したくせに、ゾロは俺の右耳に唇を寄せた。耳介の縁を舌先で辿り、鼓膜が溶けそうな程の熱い息を耳の穴に吹き込んで、耳朶を齧った。
「痛え」
　小さく抗議すると、唇を押し付けて、音を立てて離した。
「布団借りる」
　小さく言って部屋へと消えるゾロの背中をぼんやりと見送る。一人玄関に残されて、風呂のことを思い出した。そうだ俺は甘ったるい匂いの湯船に浸かるんだ。

　少しぬるめの湯に体を沈めたら、右耳がじくじくと痛んだ。まだ少しぬるついている右耳を指先で辿る。
　もう鼾かいて寝てるだろうか。本当にやらねえんだ。いや、やらねえけど。
　俺には似合わない、ましてやゾロにはもっと似合わない甘い匂いの風呂で、思い浮かべるのはあいつのことかよ。
　右耳は痛み続けている。

---

20200811,0910

utaeさんははっさくがきれいにむけた夜、綿菓子の香りがする泡で満ちたバスタブで右耳だけがじくじくと痛み続ける話をしてください。
#さみしいなにかをかく
https://shindanmaker.com/595943

＊お題見て一時間ちょっとで書いた1400文字をひと月寝かせて修正して1465文字（改行及び文頭の空白は一文字扱い）