カモミールティ 2014/08/28__00:00

＊夜半、ラウンジ、二人きり。

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　テーブルの上を見ずに伸ばした手が目的地を誤ったのは、ソーサー上のスプーンが跳ねてかしゃんと軽い音を立てた事で分かった。把手を摘むべき指が把手そのものを突いた事での玉突き事故だ。そこで動揺を見せるべきではなかった。慌てて手を引いたりせず、そのまま指を進ませてカップを押し回し、良き面を向けた把手の穴に指を入れてしまえば良かったのだ。残りの指でカップを掴み、持ち上げてしまえば。目を泳がせるなど、もってのほかだった。

　思えば、ゾロと二人でソーサー付きのカップで何かを飲むなんて、初めてではないだろうか。ナミさんとは紅茶を、ロビンちゃんとはコーヒーを、楽しむ事はある。俺の至福のひとときだ。たおやかな指がたわやかな唇にカップを運ぶ様は、いつ見ても何度見ても飽きる事なく俺を癒す。しかしどうだ。筋肉マリモが武骨な指でカップを割らんばかりに握り締める様は。いただけない。カップを食い千切らんばかりの唇が、俺に何を告げたかを思えば。

「まあ落ち着け」とカモミールティを淹れてミルクと蜂蜜を入れてやった俺の慈愛を、ゾロはどう誤解したものか、視線は先程より熱を帯び、こころなしか潤んでいる。
「お前が好きだ」と言った先程よりも。
　唐突な告白は、笑い飛ばすには些か真剣に過ぎた。真剣を笑うには、俺達は仲間であり過ぎた。
「まあ落ち着け」
　俺はマイルドでスイートな鎮静飲料を一口飲み下して言った。
「お前が落ち着け」
　理解していないゾロは生意気にも言った。バカヤロウ、俺は俺に言ったんだ。

　これが落ち着いてなどいられるか。
　東の海の魔獣が、俺を好きだと？
　そりゃ俺は青海の悪魔であるが、それにしたって。世界一の剣豪を野望とする男とオールブルーを夢見る男が。剣士として最強を目指すと決めた時から命なんてとうに捨ててる奴と、自分と同じ夢を持つ海賊から脚と夢を取り上げた俺が。
　釣り合う訳がないだろう？

「あれか。お前、溜まってんだな。俺の魅惑のセクシーボディにやられちまったんだろ。まあ俺もちったァ興味あるし、一回くれェならケツ貸してやっても良いぜ？」
　自分でも信じていない事を、さもそう思っているかの様に言う。
　それに乗るようならそれで良し。それで怒って見限られればそれも良し。

　ゾロは険悪な顔でカップの残りを干した。唇がうっすら白くなったのを、舌がべろりと拭う。早くも鎮静効果が現れたのか、ゾロはカップを静かにソーサーに戻し、静かに言った。
「今じゃなくて構わねェ。お前が、俺の言った事を信じられる様になってからで、構わねェ。だから、お前は落ち着いて考えろ」
　すっかり落ちついた風情を見せられて、頭に血が上った。
「お前は…さっきっから何言ってんだよ！」
　確認作業をするなんて墓穴を掘ったのに、気付けない程だった。

「俺は、お前が好きだ。ヤりたくねェとは言わねェよ、ただ、今は駄目だ。お前が落ち着いて考えて、それでも良いとなったら、そん時だ。それまでは、…こういう時間も悪くねェから、たまには付き合え」
　ゾロの声は落ち着いている。
　俺にもカモミールティが効いたのか、思ったままが口を衝いた。
「意味分かんねェよ…」
　余りにも情けない顔をしていたのか、ゾロが微かに笑って席を立った。
「ゆっくり分からせてやるから、今は落ち着け」
　髪をくしゃりとひと撫でして、ゾロは出て行った。

　カモミールティはすっかり冷めてしまった。
「何して分からしてくれるってんだあのバカ」
　飲み干して独り言つ。
　カップを洗い終わる頃には、すっかり落ち着いてしまった。
　真剣な想いを前に、釣り合いだとかそんな事は些末なのだと、俺はもう分かってしまっている。

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20140822,0827