シガーケースと酒瓶と 2013/06/05__00:00

10月26日付『シガーケース』 10月27日付『酒瓶』続編

---

　その日サンジは、ゾロとの接触を出来るだけ避けた。そう難しい事では無い。恐らくゾロも、サンジを避けていた。少なくともサンジにはそう思えた。二人は深夜まで、個人的に口をきく機会無く一日を過ごした。

　サンジが一日の仕事を終えようとした時、ゾロがラウンジにやって来た。
　酒、でも、腹減った、でも無く、ましてや喧嘩をふっかけに来たのでも無い様子で佇むゾロに、サンジは堪らず声を掛けた。
「お前さぁ、夜中に酒飲むな、とは言わねぇけど、後始末ぐらいちゃんとしとけよ」
「ああ」
　ゾロの返事は、おざなりだった。
　サンジは今朝の、酔っ払ってしまいたい気分に再び襲われた。
「酒、少し残ってたぞ」
「そうか？」
　ゾロの返事はやはり気の無い様で、サンジは手元に酒があったなら一思いに飲んでしまうのに、と思った。
「瓶の底に、ほんの一口、より、少ないくらい、だけどよ、」
「そりゃ勿体なかったな」
　ゾロは朝のキッチンを思い出した。そこに酒瓶は無かった。朝食の準備を終えたキッチンは、綺麗に片付いていた。
「俺が飲んだよ」
　ゾロの双眸がサンジを捕えた。
「朝っぱらから？」
「勿体ねぇからな」
　ゾロの視線から逃げたくて、サンジはシガーケースから一本抜き、口に咥えた。

「そういや昨日、そこに忘れてたな、それ」
　ゾロがシガーケースを顎で指し示して言う。
「ああ…」
　サンジは目を伏せ、火をつける。眼裏には、灰になった一本の煙草が浮かんでいた。

「一本貰った」
　煙草から立ち上る煙に目を移して、ゾロが言った。
「シンクの燃えかすはお前の仕業か」
「どう始末したもんだか分からなくてな」
　二人共が、煙を見ている。
　
「お前、吸ったのか」
「ああ。あんな不味いもんよく吸うな。一口が限界だ」
「そう思うんならパクんなよ、勿体ねぇ事しやがって」
「お前が、あんまり美味そうに吸うもんで、どんなもんだか気になった」
「な」
「お前からの匂いなら悪くねえのに、直接の煙は駄目だな、不味い」
「な、に」

　サンジの声が動揺を伝えて、それは、昨夜言語化に至らなかった結論をゾロに覆させた。
　——あからさまにせず、胸に秘める——そういったような結論を。
　いつもの様に噛み付くで無く、怒鳴るで無く、蹴るで無く、不愉快をあからさまにするので無いのなら。

「嗅がせろよ」
　覆す。秘めず、あからさまに、する。

　ゾロはサンジに近付いた。
　ゾロの真意を検分する様に、サンジはその顔を凝視し、そして、身動いだ。

　けれど、逃げない。ならば。

「お前の匂いなら、悪くねえし、嗅ぎてえんだよ。何でだろうな？」
　ゾロはサンジを腕の中に閉じ込め、首筋に鼻を寄せて言う。
「そんな事、俺に訊くなよ」
　ぼそりと呟かれたサンジの声は、掠れている。
「お前は、俺にこんな事されて、どうして逃げない？」
「だから俺に訊くなって」
　サンジの声は益々小さくなる。
「お前の事だろ？」
「俺が知りたいくらいだよ。——全部、忘れちまいたかったのに」

　ああ、同じだ。同じ気持ちだ。ならば。
　忘れてしまいたい程、忘れられない気持ちならば。

　肌身離さず。

　シガーケースと。
　酒瓶と。
　お前。

---

20121025,20130529-0602

＊ゾロが置き去りにされたサンジのシガーケースを見つけたらどうするか、を書きたかった『シガーケース』、サンジ編も書きたくなって『酒瓶』、ときたら『シガーケースと酒瓶』だろ、と書き始めたは良いがちっとも進まず放置→半年以上の間を置きなんとか完結。視点がぶれぶれですが、そこは心意気で、ひとつなんとか。
＊煙草を一口だけ吸って、その後は吸わずに燃え尽きるのを待てば、一本そのままの形で灰になるのだろうか、確かめられないんですが（煙草吸わないし勿体無いし）どうなんでしょう。いやあ、知らない事って沢山有るなあ。そうなるよ、って事で、ひとつなんとか。（そればっかり！