極めて個人的な事 1 2014/10/22__00:00

＊現代パラレル

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　一般的にゲイが歓迎されない事くらい知っている。
　男にとっては、身の危険。馬鹿言え、てめェは女なら誰でもいいのかてめェの顔体鏡に映してよく見てみやがれ、って反論は言わぬが花だ。女にとっては、男を奪い合う敵。仮令表面上応援する素振りを見せても、狙った男が同一だと知れば容赦ない攻撃が待っている。そもそもヒトは、生殖に結びつかない性的興奮は禁忌だと、遺伝子かなにかの策略で思い込まされている節がある。同性愛しかり、ロリコンしかり、獣姦その他諸々しかり。あれだろ、近親相姦が禁忌なのは近親交配を危険視した遺伝子の策略だろ、どうせ。何だお前ら遺伝子の言いなりかよ、と所謂アブノーマルな性的嗜好を持つ者を白い目で見る連中を、俺は見下す。それくらいは許されるだろう程度の迫害は受けている。俺はゲイだ。

　初めて行くゲイバーで、社内で見掛けた事のある奴を見た。ヘテロだと思っていた。まあ大概の人間はそうだがそいつは特に、女には殊更諂い男には蔑みを隠しもしない、と有名だ。名前は何と言ったか。思い出そうと記憶を巡らせながら男のテーブルへ近付く。連れは居ない様だが大分酔っている。名を思い出す前に着いてしまった。
「意外なとこで会うもんだな」
　よせば良いのに声を掛けた。よせば良いのに、と思ったのは大分後の話だ。この時は思わなかった。何も考えていなかったのだと思う。不覚だ。ただ一言、言ってやらねば気が済まない気分だった。珍しく酔っていたのかも知れない。自覚は無いままに。
「お？…ああ、お前。見た事あるな、…どこだ？…ああ、会社だなァ…」
　とろんとした目で、少々怪しい呂律で、告げられたのは間違いない事実だ。俺も同じ事を思っていた。ただちょっと、俺の方が詳しく相手を知っていた、それを少々面白くなく思った。
「お仲間、だとはな。お前どっちなんだ？」
　カムアウトはしていない。羞恥というより面倒が先に立つから敢えて言わないだけだが、会社では隠し果せている筈だ。立場は同じだろうから、アウティングについての危惧などしなかった。どっち、というのは当然タチかネコかを問うている。
「ん？なに、どっち？あっち？」
　すっとぼけているのか間違えて迷い込んでしまったのか、判別つかない態度だ。しかしもし、お仲間でないとしても。ず、とグラスの淵から液体を啜って、濡れた唇を拭う舌が、酷く卑猥に見えた。是非お仲間にして差し上げたい、と思わせた。ほら見ろ、周りの目だって。室温と湿度が僅かに上がったみたいに、ねとりとしている。
　逃す手は無い。元より今夜は相手を探しに来た。
「出ないか？」
　肩を抱いて耳元で囁く。眉間に皺が寄ったのを周囲から隠す様に、濡れたままの唇にさっと舌を這わせる。周囲が落胆と共に興味を散らしたのにほくそ笑む。大声を出す準備を男の喉に見て、声を低くして伝えた。
「こんなとこで大声出すなよ？ここがどんなとこだか、知ってんだろ？」
　知らないで迷い込んだ、と確信したが、そう言った。ひく、と喉を鳴らせて収めた男が、同じく低い声を出す。
「どんなとこ、だって？」
「女が一人も居ないバーなんて、そういうとこに決まってんだろ」
　男は目をぱちくりとさせて店内を見回す。
「じゃ、お前、そうなの？」
「お前は、違うのか。そうじゃないのに、間違って迷い込んじまって、そんで無防備にも一人で酔っ払って？」
　男は更に数度瞬きして、殆ど空だったグラスを完全な空にした。コン、と音を立ててテーブルに置かれたグラスを、男はなかなか手放さない。
「出ないか？」
　俺は再び耳元で囁いた。男は「ああ」と俺を一切見ずに言った。やっとグラスから離した手の方ばかりを見ていた。面白くなく思う。俺に肩を抱かれたまま店を連れ出される男を、或いは自惚れるなら男の肩を抱いて店を出た俺を、幾つかの目が落胆で見る。それで少々、気が晴れた。
　

＜つづく＞　

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20141020,1021