さみしいなにかをかく #10 2018/04/03__00:00

お題をお借りしました。海賊ゾロサン『ビー玉』

---

　数日前にゲリラ兵が起こした爆破事件は、この島のメインストリートに甚大な被害をもたらした。商店街の見事だったアーケードは、最早骨組みだけとなっている。シャッターを閉じる間も無かった商店のガラス戸は粉々になって道を飾り立てており、すっかり風通しの良い建物だらけになってしまった。当然ながら人への被害も甚大で、かなりの人数が犠牲となった。それでも、活気が売りのこの島で、人々は明日を志向している。建物が用を為さないのなら、と人々は自発的に青空市場をたてた。さながら祭りのような。はしゃぐ子供の声も、大人たちの笑顔も、裏に涙を隠している。

　事件の数日前に上陸した一味は、ログが溜まるのを待っていた。一応お尋ね者の彼らは出来るだけ人目を避けた行動をしており、事件当時は誰も商店街には居なかった為、幸いにも、と言うのは憚られるが、クルー全員が無事だった。今夕の出航までは、自由時間だ。

　朝から気温はじりじりと上がり、太陽光を遮る屋根を失くした往来は暑い。碌な買い出しは出来ないだろうが、何かの足しになれば、とゾロを連れて街へ出たサンジは、ラムネを二本買い求めた。水を張った桶に、緑と青が溶けた色の瓶が涼やかだった。ぷしゅ、とビー玉を落とし、おっとっと、と慌てて口をつけるのは様式美のようなもので、共に育った訳でもないのに、同じようなひょっとこ顔になるのが可笑しかった。一息に半分程を飲み、からからとビー玉を鳴らす。

「ガキの頃。コック仲間が、瓶の中に水とでっかい飴玉を入れてしばらく経つとラムネになる、溶け残ったのがこのビー玉だ、だからこれだけ舐めたら、すごく甘くてすごく美味い、って言って、一本寄越してよ。その頃の俺はガキ扱いされんのが癪だったから、『ふーん』なんて興味ないフリして飲んだんだけど。よくよく考えたら、周りの奴らみんなにやにやしてたのに、俺が興味示さねえのにがっかりしてたから、嘘だって分かっただろうに。俺はそのきらきら光るビー玉を舐めてみたくて、仕方なくて。瓶の口に舌先突っ込んでも、上手くいかないんだ。だからこっそり、瓶を割った」

　サンジは残りのラムネをゆっくり飲みながら、時にビー玉を愛おしげに眺めて、話し続けた。

「掌に乗せたビー玉は、とても魅力的で、そっと舌を這わせようとしたんだ。そしたら、物音を聞きつけたジジイに見つかって。慌てて、つい、ぱくりとビー玉を口に含んだ。ジジイが『なにしてやがる』って怒鳴ったのに吃驚して、ごくん、って。飲んじまった」

　サンジは空になった瓶をもう一度からりと鳴らし、ごちそうさん、と店主に返却する。既に飲み終えていたゾロも、それに倣った。からん。ビー玉が太陽光を弾く。二人はアーケードだった物の端まで歩いた。不足するだろう物資は、島民の為に残しておくべきだろう。来た道を引き返す。

「あのビー玉は、どうなったんだろうなあ」
　腹ん中で溶けたか、そのまま出てきたんだか。意識を、しばし過去に飛ばしたサンジの視界から、ゾロが消えた。あのミラクル迷子野郎、と悪態を一つ吐き、気配を探る。ゾロは子供に混じって、露店を冷やかしていた。

「それ、欲しいの？」
　元はおもちゃ屋だったのだろう店先で、ガラクタ寸前の商品が並んでいる。近寄ったサンジは、それらとゾロの組み合わせに困惑しながら声を掛けた。仮にも億越えの賞金首が、子供騙しのおもちゃに興味を？
「もう買った」
　ゾロは小銭と交換に店主から受け取った何かを懐に仕舞い、歩き出す。
「チョッパーにお土産か」
　多くを語らないゾロに、サンジは思いつきを投げた。ちらりと視線を寄越したきり、前を見てまっすぐ歩くゾロに、サンジは会話を諦めた。

「お前にだ」
　商店街だった場所を抜け、船への道すがら。人通りが途絶えると、ゾロはおもむろに懐から何かを取り出した。それをサンジの目の前に突き出す。ナイロンのネットに入った、幾つかのガラス玉が、かろかろと音を立てる。

「俺もガキの頃、食った」

　ラムネ瓶と同じ色の、ビー玉。柔らかな苦笑を、ビー玉が弾いた太陽光が、優しく照らしていた。

---

20180323-0402

utaeさんはとても暑い日、骨組みだけのアーケードのある商店街でした、子供の頃騙されてビー玉を食べたことの話をしてください。
#さみしいなにかをかく
https://shindanmaker.com/595943

＊兄弟に騙されてビー玉食べたサンジが思い浮かんで書き始めたんだけど、結局バラティエの思い出にしました。サンジが思い出すのは、幸せな日々が良い。