明け方に見た夢 2016/03/02__00:00

＊サンジ君お誕生日おめでとう！

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「なあ、キスしてくれよ」
　最後の食事がどれだけ前か思い出せなくなり、空腹はもう感じなくなっている。確か背中を強か打ち付けて抉られた痛みを感じた筈だが、膿んで熱を持った記憶も既に遠い。耳に届く己の声も、掠れて途切れ途切れだ。唇に挟んでいた筈の煙草も、いつどこでどうやって落ちたものやら。新しく咥えようにも、もう、ない。
　生きている実感が欲しかった。傍に感じる僅かな熱がお前のものだと、お前も生きているのだと、知りたかった。
「ああ」
　同じように掠れた声と共に、空気が動いた。視界は疾うに薄暗く、あたりはぼんやりとしか確認出来ない。
　乾いた埃めいた匂いが鼻先を掠める。嫌な匂いだ。死に、少し似ている。その匂いの狭間に何か、違う匂いをもう少し探したくて、鼻から息をやや強く吸う。そのタイミングで、唇に触れた。戸惑いなくまっすぐに訪れた、乾いた埃めいた熱の、かそけき圧。
　ほんの一瞬で離れた熱に、問う。
「お前、見えてんの」
　相変わらず耳に届く声は掠れている。
「いや」
「見えねえの」
「ああ」
　それでも、俺の唇には迷わず着けるの。
　言葉少なな返事に、最後の質問は投げられなかった。
　上げている意味を失くした瞼を下ろす。引き摺られるように思考も落ちようとする。最後に、もう一度。
「なあ、」
　キスしてくれよ、は耳に届かなかった。当然あいつの耳にも届いていないだろうに。
　再び空気は動き、再び唇は熱を知る。今度は一瞬じゃない。水分を知り、生そのものの匂いが満ちる。捲れた唇の柔らかな皮膚、力強く口内を暴れる厚い舌。動かないだろうと思っていた腕が上がり、あいつに縋ろうとする。抱きしめたい。抱き合いたい。生きているのだと、知りたかった。間もなく死が訪れるのだとしても、今はまだ、生きている ——


「と、いう夢を見た」
　サンジは吸いさしを灰皿でにじって言った。二人、闇雲に敵陣に乗り込んで下手打って死に掛けた、という縁起でもない夢を見た、と、変哲のない一日を終えようかという頃合いになって、ぼそぼそと語り出す。お前、一日中気分悪かったんじゃねえのかよ。もっと早く吐き出せば、もっと早くに気を軽く出来たんじゃねえのか。或いは、ウソップあたりに話せば愉快な冒険譚に作り変えてくれたかも知れねえのに。
「で？」
「あ？」
　続きを促されるとは思っていなかったのだろう、常は剣呑な目が、丸く瞬く。
「死んだのか」
「…いやあ、はっきりとは覚えてねえけど、なんか岩が崩れてルフィが飛び込んできた気がするから、助かったんじゃねえの。ああ、そういやチョッパーが『無茶すんな』って泣きながら怒って手当てしてたような…」

　思い出し思い出し言葉を繋ぐ唇に、唇を押し当てた。一瞬で、離す。
「て、てめえ、なにすんだ」
　動揺も露わに唇を慌てて手の甲で拭う動きから、目を離さずに言う。
「なに言ってんだ、お前今、ねだったろ」
「ば、ばか言え、そんな、そん、な…」
　弁解めいた言葉を上手く吐き出せずにいる唇に、再び、唇を寄せる。生々しい方の、キスを贈る。抵抗は最初の一瞬だけ。あとは応じるまま、生々しさは一層深まる。
　—— 生きている。


「今日、…誕生日だったんだ」
　俺の胸に額をつけて、サンジはぼそりと言った。
　…こいつは。そんな事を、なんでもない事のように言う。わざわざそんな日に、こんな話をしておいて。
「そんな回りくどいねだり方しねえでも、こんなん、いつだってくれてやる」
　サンジの瞳が俺を捉える。
「えらそーに」
　ふんわりとした口調で、一つ歳をとった男がふんわりと笑った。それから。
「なあ、」


　生きていると知りたいのは、お互い様。生きていると教え合えるなら、存分に。いつか、そんな口実も要らなくなれば良い。共に歳を重ねる中で。

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20160222,0223,0224,0301

＊サン誕に向けて何か書こう、と書き始めてみたら二人とも死にかけててびっくりしました。夢でよかった。
　怒涛のサンジイヤーをまるっと無視する感じの小話になりました、まだ消化出来ないもので。
　何はともあれ、今年もサンジの誕生日を祝えてよかった！