失踪 1 2015/12/18__00:00

＊現代パラレル
（不穏に始まり、どう展開するか未定のまま放り出します…「それでもいいよ」って方向けです…すみません）

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「ちょっと煙草買ってくる」

　携帯と財布を尻ポケットに入れ鍵をちゃりと鳴らしたサンジに、ゾロは何と応じたのだったか。精々「ああ」とか「おお」とか。「いってらっしゃい」などではなかった筈だ。サンジ相手にそんな温かなニュアンスの言葉は久しく発していないのだ。もしかしたら言葉を発する事無く、ひょっとしたら視線さえ遣らなかったかも知れない。
　何故あの時「だったら肉まんでも買って来いよ」とか、そういった類いの事を言わなかったのか。その一言があれば、こんな事にはならなかったかも知れない。せめて視線を遣っていれば、何か異変を感知出来たかも知れない。何故そうしなかったのか。あの時に戻れるのなら自分をぶん殴りたい、と後にゾロは拳を握った。その前にすべき事もあるだろうが、先ずは一発殴らねば気が済まない。

　扉を閉めて施錠する金属音を最後に、サンジの気配は部屋から消えた。数日前に、そろそろ厚手のコートを出さなきゃ、それとも新調するか、なんて話をしたところだった。結局買ったという話は聞かないままで、前年着ていたコートはカバーが掛かったままだった。サンジは何を着て行ったのだろう、見当たらないのはサンジが好んで着ていた薄手のパーカーだけで、だとするなら真夜中に差し掛かるあの時分には寒かったのではないだろうか。服装すら思い出せないゾロの元に、サンジはそのまま戻って来なかった。厚手のコートはそろそろ仕舞う時期を迎えた今の今まで、ただの一度も。



　ぴんぽん。ぴんぽんぴんぽんぴん、ぽん。

　大して厚くもないカーテンは、白い光を透過させている。雑に引いた所為で取り込んだまま放ったらかしの洗濯物に乗り上げたカーテンの裾が作った隙間は、おそらくこれから引き抜いて着るシャツを適度に温めているだろう、一層白い光で床の一部を灼いている。
　けたたましい呼び鈴にやっと目を開いたゾロは、瞳を柔く灼く陽光に再び瞼を下ろした。

　ぴんぽんぴんぽんぴんぽん。ぴんぽーん。

「しつっけえ」
　ゾロは独り言ち、のろのろと体を起こす。ほんの数歩を進む間も呼び鈴は止まない。ドアスコープを覗くと、予想通りの人物が柳眉を逆立てていた。生憎現在ここに「怒ったナミさんも素敵だ！」とか何とか言うだろうサンジは居ない。それを知ったからこその、この顔での来訪なのだろうが。ゾロはげんなりと肩を落とす。サムターンを回した瞬間、勢いよくドアが引かれ、陽の当たらない外廊下からは冷たい空気が入り込んだ。
「遅いわよ！」
　招き入れるより早く、ナミは上がり込む。ゾロはこっそり溜息を吐き、施錠した。在宅しているのだから、と就寝前でもなければ施錠する習慣の無かったゾロに「不用心だな、ちゃんとチェーンも掛けろよ」と口を酸っぱくして言ったのはサンジだ。今ではゾロにもすっかり施錠の習慣がついている。但しドアチェーンは、あの日から一度も掛けていない。

「きったないわね」
　ナミはゾロが先まで包まっていた布団を爪先で蹴った。ゾロはあれ以来ベッドで寝ていない。リビングに掛け布団だけ持ち込んで包まり日々の疲れを癒すのみだ。
「虫とか湧いてないでしょうね？」
　同棲を始めるにあたって、生ゴミの始末については口煩く指導された。曰く「虫湧かすような奴とは暮らせねえ」。どうやら虫がこわいのらしいが、一度それを指摘したら酷く重い蹴りが飛んで来た上に暫く口をきいてもらえなかったので、以来その件についてはアンタッチャブルだった。必死でつけた習慣は身に染み付いており、現在ゾロの住居は乱雑ではあるが不衛生ではない筈だ。第一調理をする者が居ないのだから、台所など汚れる道理もなかった。乱雑なのは、片付ける者が居ないから。乱雑にしても咎める者が居ないから。

「で？なんでこんな事になってる訳？」
　仁王立ちで部屋を見渡して、ナミは呆れを隠さない表情で言った。
「こんな事って、何だよ」
「しらばっくれちゃって」
　ナミは態とらしく肩を竦めて見せてから、ゾロを鋭く見遣った。
「サンジ君。どうしちゃったのよ」
　そんなのは俺が知りたい。と本音を漏らせば「そんなだから逃げられるのよ」とでも蔑まれるだろう事くらいは、ゾロにも分かった。

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20151209,1212,1217

＊見切り発車です（毎度の事ですが）。終着点が見えない…
　失踪した人が直前に何を言ったか、って話題で冒頭の科白が挙げられていて、発作的に書きました。